My wonder story

僕と音の旅物語 訪れた90ヵ国以上の記録 未来はいつも変えてゆける。 




イラン ③ / Iran ③ :: 2013/12/28(Sat)






2013年ラストは
一気に
5本のストーリー更新!


アゼルバイジャン編から読むと
だいぶ、ながぁぁぁくなると思う。。


でも、今回は、時間をかけて
細かく身に起きたストーリー達を綴ったから
読んでもらいたいな



















2013年も暮れに向かって
走り出した頃


シラーズ ~ イスファハーンを訪ねた僕は

首都
テヘランに無事に戻った


Titleお



イラン滞在、最後の数日間は
一週間前にライブをさせてもらった
あのカフェに足しげく通った


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何故って




いつでも
ウェルカム体制で
迎えてくれるスタッフさん

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集中力を誘う
居心地のいい雰囲気


選曲センスがもれなく良いBGM



どれをとっても
本当に最高なカフェだったから



この旅の中でも、
個人的にとても想い入れの深い場所になったと思う




新たに2本のライブも
させてもらえたり


ラストの三日間は
カフェのマネージャーのご実家にも
招待してくれた

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ここでは、彼ら家族の創る
アットホームでポジティブな空気に

なんだか、心が洗われ癒された、、







さて

次の目的地を告げる前に


ここで少しカミングアウトすると




この旅出発前の
ロンドン滞在の一年間、

僕は週末は路上ライブへ
頻繁に出かけて

“ねんのため貯金” を
地道に稼いでいた




だが、実際にフタを開けてみたら


ロンドンを出て、
ここまでの8ヶ月の旅路

その貯金は、殆ど一切使わずに歩んで来れた


これはひとつの成果、
そして “可能” という発見



ワンダーストーリーには
あまり書いてないだけで、

本当は、各国
もっと細かく
様々な場所を訪ねて来た


もっと色んな人々と
交流してきた



当初、ここに紡ぐストーリーは、
できるだけ言葉を省いて
シンプルにするつもりだったからだ



ただ最近は、

読み手の人に自分の体験した
“出逢いのストーリー達” を

もっと具体的に伝えたいと思うようになり、
じょじょに文字数が増えてきた




こうして大好きな音楽と
ここまで旅を続けてこれてること

ほんとに幸せなことだと思う









旅路で歌ってきた曲目は、


基本は、自分の日本語の楽曲だけ


人々のリアクションを見てみたいから



反面、英語の歌も、
もっと増やしていこうとも考えてる


必要なときがやってくる気がしてる



あと
カバーは歌わない


僕にとっては
そこに大きな意味がある










同じヨーロッパの中でも
国によって経済的な格差が明らかにあった


そうした面で、
きっとあまり余裕のない人々も沢山いたはず

なのに、
“頑張って”の気持ちで、
皆一様にチップを置いていってくれた




“音楽”の助けも
勿論ある

でも
大前提として

ここまでの旅を
継続してこれたその根底には、
“国境を越えた人の愛” の存在があった




Facebookのlikeの数も
何気なく1000に近づきつつあるけれど
これは僕にとってただの数ではない


出逢った世界の人々からの
応援メッセージのようなもの


宝物。







2014年を目前に控え



これから僕はインドに飛び
そのまま東アジアの旅へ歩き出す


お金を稼いで旅するスタイルの継続は
難しくなるかもしれない

でも、やれるだけやってみようと思う




あと、

まだ定かじゃないけれど、

春あたり、二年ぶりに
一回日本にも立ち寄って
一時帰国ライブみたいなこともやれたらいいなぁと考えてる。。




でも

この先何が起こるかわからないから
まだこのプランは
宙に浮かせたままということで、、、




もしも!

そのライブが実現できる運びになったら
ここでまた発表します


そのときは、読んでる皆さん
情報拡散よろしくお願いします!





来年への抱負は、、、




『 未来を信じて、音と旅を続けていく


道の途中で


会いたかった人達と再会すること

もっと音楽の匂いを探して、 飛び込んでいくこと


知識もスキルも、
未熟だと感じる部分をもっと磨いて、輝かせていくこと』





それでは皆さん

お互い
カオスで奇跡に満ちた良いお年を!









インド年越し
いってきます

(まずは無事に入国できますように。。)






















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  1. Category: None

イラン ② / Iran ② :: 2013/12/28(Sat)













“シラーズ”


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着くなり、早速行き先をどうしようか迷う


宿泊先を決めてなかったからだ


あの若者グループを通じて
連絡を取り合っていた男性から、
“Niyayeshホテル”を訪ねるようにアドバイスされる


いってみよう





道すがら、車から声を掛けられる


“またいつものタクシードライバーの客引きか” と
最初は無視を決め込む


しかし、何度もめげずに声を掛けてくる男性


話だけでも聞いてみようと立ち止まってみることにする



予測と違って
見た感じまだ若い男の子だった



軽く状況を説明する


すると

『僕がその行き先のホテルまで、乗せてってあげるよ』 と彼


「でもお金は払えないよ」 


『いらないさ』


「ほんとにタダで? でも時々怪しい人達がいる中で、
どうやって君を信頼すればいいかな?」

少し意地悪に返してみる



微笑みながら、だまりこむ彼


その印象からして
大丈夫と直感した僕は、助手席に乗り込んだ


今にして思う

この彼 モハメッド との出逢いはとても幸運だった

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車内で彼に、
『歌えるカフェとか、どこか知らないかな』と相談してみると、
いくつかアテがあるようだった



車は
ものの5分もしない内に
ホテルに到着

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彼と一緒にマネージャーの部屋へ


彼が、ペルシャ語でなにやら僕のことを説明している


するとマネージャーが
流暢な英語で僕に話し出す


『お昼のランチタイム、夜のディナータイム

どちらも二時間、広間のレストランで演奏してくれるかい?
そしたら宿泊代はタダでいい。』



モハメッドが、
どのように僕を自己紹介してくれたかは謎だが
悪くない話で、彼に感謝を伝えた




なにはともあれ

この日から三日間、僕はここのホテルで

こんな感じで、雇われシンガーとして歌いながら滞在することになる

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実際は、

時間に対してまったくシビアではなく、
とても自由にやらせてもらえた

スタッフさんもみんな愛があり、
度々、ご飯も出してくれて、大分良い条件だった





1日目

夜九時が過ぎると

モハメッドが車でやってきて
友達と共に、満点の夜景が待ち構える場所へと連れてってくれた


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2日目夜


またモハメッドが車でやってきて、
彼の知ってる幾つかのカフェへ
ライブができないか一緒に訪ねて回ってくれた

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その頼もしい後ろ姿

もはや自分のマネージャーみたいだった


どうして、ここまで僕に尽くしてくれるんだろう。。




彼を筆頭に、
イラン人たちの僕ら旅人を手助けしようと
努めるやさしさの大きさは、信じられないほどだよ








3日目

夕方6時頃 


モハメッドがまた迎えに来てくれた

そして
昨夜一軒だけ
いい返事をくれたカフェへ向かい

念願のライブ!!

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(2013・12・18 at Cholate Cafe in Shiraz)




4日目 正午


ホテルにいた他の宿泊者さんも誘って
モハメッドの車でイラン一の観光名所と言われる
ぺルセポリスへ

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2000年以上も前の遺跡とあって
結構、感動したよ

モハメッドの説明も
助けになった





日も暮れて


また昨夜と同じカフェにライブをやりに行く

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スタッフの彼が
わざわざ準備してくれた水タバコ


下北沢とかで
見たことあったくらいだった

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喫煙者でもないのに
初挑戦

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脳に煙が渦を巻いて上がっていく
不思議な感じ

確かパイナップル味?で割と楽しめたよ





ライブを終え

次の街に向かう夜行バスに乗る為に
二日間お世話になったカフェを、モハメッドと後にする




バスステーション手前で
ファーストフード店に立ち寄る

モハメッド一押しの
安くてボリュームあるサンドイッチを買う為だ


彼とここに来るのは
もう3回目だった

だからもう、僕にとっては
ひとつの想い出の場所




バスステーション

二人で食べる最後のディナー



会話はなくとても静かだった


彼と出会わなければ
このシラーズ滞在記は
まったく違うストーリーになってただろう


出会ったあの日
意地悪で聞いた

『初対面の君を、どう信頼すればいいかな?』の一言



ふたりの想い出の1ページに
なつかしくこだました


互いに
やんわり寂しさもあった


モハメッドは何度も僕に

『次の街より、ここの方が
ずっと人もオープンでいいから、もう少し長く残ってきなよ』

と言い続けていた



でも行かなきゃ


こうしていつも
誰かにさよならを伝えないと
旅は続けていけない


アイコンタクトを交わし
互いに笑顔のまま

バスは動き出した





色々、どうもありがとう


そして
またどこかで会える日まで。。











少し寄り道した街

“イスファハーン”

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バスで黄昏る、、

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ここまでの旅路

長距離バス、時には列車の中で


何度 
広がる夕焼けに魅せられただろう、、





耳元から聞こえる
音楽から


何度 旅へのエールをもらっただろう




未来で

今という過去を
振り返る自分に


時々、オモイを馳せる



体験してきた
すべてきっと
いとおしい想い出になるんだろうな。。




























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イラン ①/  Iran ① :: 2013/12/28(Sat)









48ヶ国目 イラン


首都 “テヘラン”


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アルメニアから
長距離バスで “27時間”もかけてやってきた


でもイランの大型バス
通常の四列シートではなく、空間にゆとりを持って三列シートだから
乗り心地素晴らしく快適



他の人のブログを読んだ感じだと
イラン人は基本みんなフレンドリーで、
家に泊めてくれる流れもよくあるとのことだった



それへの若干の期待の通り
バスの中で、イラン帰りの若者グループと知り合った


アルメニアでバスを逃したことによって起こった
この彼らとの出逢いは、
後のストーリーに大きな影響を与えたと、今になっては思う



イランは基本的に
中国と並びネット規制があって、YOUTUBE、FACEBOOK をはじめとした
気軽に見たいサイトにアクセスしずらい国


そうしたこともあって
普段は買わないのだけど
連絡をとりあう為にと、イランのSIMカードを若者達に強くすすめられ購入


これで電話やメールが
いつでも彼らと出来るようになった




到着した初日は
グループの内一人の男性Pouyaのご実家にお泊りさせてもらった

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- 2日目 -





夕方頃

とある男性から携帯に連絡が入る


初日に泊めてくれたPouyaの友達の友達の紹介で
Rouzbehという男性からだった


この日は彼のお宅に泊めてもらえる運びとなった
(というか最終的に数日間ずっと)

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彼は
面白くて
非常に賢い人だ


居候中、
彼の視点から見た
イランの現状をたくさん教えてもらった





- 三日目 -


午後、Rouzbehに街を案内してもらう

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夕方、初日に泊めてくれたPouyaと
同じあの若者グループにいたWilliamと
アート好きが集うビルがあるというので、連れていってもらう


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ギャラリー、カフェなど、

テヘランのクラクション鳴り響く街の喧騒を
忘れさせてくれるような落ち着いた場所で、一気に好きになった



夜、Rouzbehの家に戻ると
ホームパーティーが始まりお祭り騒ぎ



ここで
Rouzbehや他から聞いた
イランの小さな情報達を少しだけ書こうと思う


背景に
トップの方の宗教観が深く関わってる




・飲酒、酒売NG

よって、普段当たり前に見かける
バーやクラブはない。。

Rouzbeh達がこうやって
男女交えてホームパーティーをする事も本当は違法


地域によっては、
未婚の男女が街を歩くことも禁止



・女性は9歳くらいから、街を歩くときはいつも頭にスカーフを被せなきゃいけない

肌の露出も勿論NG





・女性がシンガーとしてステージに立つこと禁止


ただし基本的に歌うことは女性は女性の目の前でだったらOK。



自分と同じように歌いたい気持ちを
素直にもってる人はたくさんいるはず

何故そんな当たり前の気持ちを抑えないといけないんだろう、、



事実、国外に出て活動する女性シンガー達もいるそう


ただ、
イラン人は

アメリカはもちろんのこと
ヨーロッパのビザを取るさえことも
ほぼ出来る状況ではないらしい




他にも、
前述した通り
厳しいネット規制


ここには敢えて書かないけど
とても現代とは思えない暗い制度の話も、、


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ここの国の人達は
だいぶ自由を制限させられて生きている

と第一印象感じたけれど



一部の人は
不自由をそんなに感じてない事実も知った







こんなにも
優しく接してくれるイランの人達の置かれてる状況を知り、
掛ける言葉が難しかった。。









イランのことを少し話してる内に
だいぶストーリーが置き去りになっていたけど、

話はホームパーティーに戻る



翌日(テヘラン滞在4日目)

体調を完全に崩し
ソファーでダウン、、


Rouzbehの仕事は
実はお医者さんとあって

優しい彼は薬を買いに出かけ、
自宅診断までやってくれた


その甲斐あって、体調の回復は早かった


夜は
Pouyaの兄から連絡が入り
一緒に名所ミラードタワーへ

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ここからの夜景
他と比較できないくらい美しく見えた





今現在
世界一位の高さを誇る
東京スカイツリーの模型もあったよ

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自分が日本にいた頃は
まだ建設中だった

いつか行ってみたいな






- テヘラン滞在5日目 -


先日気に入った
アーティストビルに向かい
近辺で路上ライブ

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建物内のマネージャーらしき方にも会いに行き、
運よく、すぐ翌日にミニコンサートを企画してもらえることに


更に同日、
William から連絡が入り

彼紹介のカフェでコンサートができると言われる


こうやって
懸命に力になろうとする
彼に感謝。。




若者の手助けを得ながら
やっとのことで到着したカフェは
あいにく閉店準備中だった

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しかし!
こころ優しいスタッフさん達

翌日にライブを企画してくれることに











- テヘラン滞在6日目-




アーティストビルでコンサート!

じつは当日の
コンサート状況の写真を撮り忘れたので

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(2013・12・25 in Tehran)

載せたこの一枚は
二回目のライブ

しかもこの日はクリスマスだった





時間を巻き戻して、、



カフェでもコンサート!

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(2013・12・15 at Cafe Genre in Tehran)





1日、2回も別々の場所で
音楽を届けることができて
幸せだったこの日






イランの物語は
次なる展開へ


テヘランから12時間の夜行バスで

シラーズへ 僕は向かった



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アルメニア / Armenia :: 2013/12/27(Fri)











47ヶ国目 アルメニア


首都 “エレバン”

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色々あって
どこから書き出そうか迷う、、




まず! 伝えたいのが、
最初の三日間のホステル滞在を除いて
このご家族さんに大変お世話になったこと。。

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音楽一家!

お父さんはオーケストラに所属する
敏腕ドラマー

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お母さんは同じくオーケストラ所属
プロピアニスト

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二人のセッション

聴き入ると同時に見とれてしまった


『音楽だけが僕ら二人を繋げたすべてじゃない。 でも音楽が僕らの結婚生活を時に支えてきた。』



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ギター弾く
この彼 バーハンと路上ライブキッカケで出会い
この家にやってきた


彼には、ホント助けられた


『すべてのことには解決策がある』を
口癖のように言い


壊れたギターケース、キャリーバッグ、
更にはギターアンプまで器用に直してくれた


長く一緒に居た慣れから、
時々、口論のようにもなった


でも彼は大抵正しかった


いつも純粋に優しかった


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(2013.12.4 in Yerevan, Armenia)


路上ライブの日々に休息を、、 と


バーハンと一緒に、
ある日街歩き

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ヒトケのない遊園地って
どうしてもこうも存在感があるんだろう




彼のお父さんの特権を使って
タダでオーケストラ観賞!

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他にも

日本在住経験がある
バーのオーナーさんに
会いに行った夜があったり

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あれは!?

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ライブクラブのオーナーさんに
誘われブッキングしてもらったり

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(2013.12.4 at Stop Club in Yerevan)

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出発の予定をしてた日に

バスのチケットが取れなくて
もう一日泊めてもらったり、、


ちなみにこの日は
見ての通り大雪

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もう最後の最後まで

バーハンと
ご家族さんにお世話になりっぱなしだった。。





出会ってくれて
本当にありがとう







さて

アルメニアで身に起きた
変わったストーリー達

少し長くなるけど
具体的に伝えたい







- ストーリー① -


 “まずい出会い”




ある夜

“ヒョウ”らしき物体が降ってきたので
路上を撤収しかけた時


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『夜ご飯をごちそうするよ』と

見た目40代半ばの男性に誘われる


深夜前に
待ち合わせをする可能性のあった
バーハンの事を頭の片隅に置きながら とりあえずついていってみる事に


ただこの時点でちょっと
彼のかもし出す雰囲気に違和感があったことは事実

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そもそも、飲食店ではなくて
そのままタクシーで彼の自宅行きっていうのは
もちろんリスクが伴うし、少し怖さがあった



家に着く


中に入ると
何故か一人暮らしだというのに
ベットが幾つも並べられいて少し異様な雰囲気



『まずコートを脱いで』と言われた


身体が寒いからまだ、、と言っても
半ば強制的にさせられる


うん?

何か変だぞ


不快感を少し覚えながらも


今度は 『カーデガンも脱いだ方がいい』 と言われ


さすがにこれは
完全に断る




仕舞いには
彼と向かい合わせにさせる為に
微妙な座る位置までも“強制”させられる


実際、一時間後にもう行くと言ってるのに
ご飯を作り出す気配はなく



前後に脈絡のない変な質問、

さりげない接触の数、、



これはやはりおかしいぞ、、と思い彼を見ると

じろじろこちらの全身を
見ていることに気づく





“あっこれは、まずい方の出会いだ”




直感がそう叫び


そこからの行動は早かった



「友達に会いに行かなきゃ行けなくなった」と伝え
立ち去ろうとする自分



『今日は断って、ここに泊まっていきなよ。 お金だって払うよ。(なぜそこまで?)』



『夜ご飯は食べていかないのかい?』 


悲しげな彼



「ごめんなさい でも無理です」



『せめてそこにある紅茶だけでも』 と 必死に引き止めようとしてきたけれど




ごめんなさい、 


でも、この時点でもう

睡眠薬 入りの可能性がある飲み物にしか

僕には見えなくなってた、、

(極端な予測だけど、この時はそれくらいの状況に思えた)




閉ざされた密室


緊張感を隠し平然を装いながら
足早に外に出て行く僕




断っても
帰りのタクシー代を彼に手渡される


なんだこの妙な罪悪感、、





でもこの選択は間違ってないと言い聞かせ
タクシーに乗り込み、街の中心に戻り
事なきを得た




今後

誰かと出会った時に
第一印象に少しでも違和感を感じたら

もう少し警戒しようと思わせる出来事だった











- ストーリー② -


 “お金を目の前で消された話”





ある日の路上ライブを
ちょうど終えた時だった


大柄の30手前くらいの男性Aが

親しげに
「日本人かい?」と話しかけてきた


顔見知りかどうかは知らないが、
傍らにもう一人
謎の推定50代半ば程の男性Bも立っていた



僕が片付け始めようと、
アンプやらマイクをまとめていると
男性Aが、さりげなくギターケースに近づくのが目に入った


そして、チップをギターケースに入れるかのように見せ掛け
一枚のお札を握りしめた瞬間を
確かに目撃した



実は、この手口
過去違う国でも、常套の手段として時々やってくる人達がいた


コソボでは少年の集団が、グルになって
一人が一人をギターケースにわざと転ばせて、

立ち上がる瞬間にコインをかっさらい
一斉にみんなで逃げ去るという予想もしてなかった手段を使われ
唖然となった事もあった



話は戻るが、
男Aの握りこぶしの中にお札があると確信した僕は
『そのお金を返してほしい』と静かに切り出した


瞬間

男Aは、服の袖にあからさまにお金を滑らせ
なにもない手を広げてみせた



手品でよくあるトリックだ


『何を言ってるんだい、僕はチップを君にあげただけだよ』


僕は冷静に

『うそをつかないで、そこに今隠したそのお金を返してほしい』と続けた


それでも男Aは、完全にしらを切ってる様子だ


背後から男Bが近寄ってきた


彼に助けを少し求めようと
『この男Aが今僕のお金を盗んだんだ』 と訴えてみたが
英語がわからないのか、なんなのか、なにもリアクションが返ってこなかった



最初、親しげに話しかけてきた男Aに
こういう形で裏切られた事に
僕はただ悲しくなり、

瞳をじっと見つめながら
『お願いだからお金を返してほしい』を繰り返した


しかしその言葉も虚しく

男Aは、『Have a nice night』と告げ
街の喧騒へと歩き出した



彼を追いかけることにはリスクがあった


なぜなら僕の横にまだ立っていた男Bが
グルの可能性があったからだ


もしそうなら、僕がギターケースから離れた後の結末は容易に想像がつく



僕は、何もできず
ただ男Aの背中を睨み付ける事しかできなった


静かだった

くやしかった、、


激しい怒りは、それから数分後に、隕石のようにやってきた


チップを盗まれた時の気持ちは
いつも似てる



憤りと共に
ただ悲しい





これをこうやって
冷静に書けてる今はもう
大丈夫。















- ストーリー③ -


  “ 不思議なライブ ”






夜の街灯ライブ
一人の男性に声を掛けられ


詳細が “?”のまま 翌日
言われた会場のあるホテルに向かう

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6時半

会場は準備に追われてる模様

誘ってくれた主催者らしき男性から
『歌うセッティングをもう始めてくれ』 と言われる



6時45分


会場に人がぞろぞろ入ってくる

きれいに並べられた椅子に皆着席していく


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その中で

『もう 歌い始めてくれ』 と言われる


えーー!? この感じで!?? 


ほんと(マジ)ビックリだった



人もあんまり聴く空気じゃないけれど。。

渋々聞き入れて
とりあえずなんとなく歌いだす


だって、歌ってる中
目に飛び込んでくる文字は

『ビジネス 新しいチャンス』 とか

『法律のルールとこれからの発展』とか

まったく自分のやってるこの“歌う”という行為と
関係のなさそうなテーマ



あまりにそのギャップがシュール過ぎて
笑いそうにもなってしまった




7時


Armenia 2


会場にそれなりに人が集まり
講演会スタート

アルメニアの法律とか政治とか
各国と比べてみて、今後どうしていくべきかとか そういう感じのことを
会場の人々に順に熱弁していく講演者たち


英語の勉強にもなるから
割と面白かった



9時


主催者がぼくのことをアルメニア語でなにやら紹介している

ラストの講演者ではなく
僕はミュージシャンとして

人前に立つ


Armenia.jpg


でもやっぱり内心(ここで何故俺が!?)と

自分の立ち位置がやっぱり疑問のまま


でもイベントの趣旨に少しでも近づけるように

というか自分の疑問のつじつまをどうにか合わせるように


“未来”がメッセージの
ある曲を選曲して
歌ってみた


日本語だから、どちらにしても意味は伝わらないのだけど
恋愛とかまったく関係のない曲を歌う気分には、さすがになれなかったよ





ありえないシチュエーションが作り出した
感じたことのない
なんとも不思議な空気が張り詰めたライブ





でもね、 楽しかった




歌い終わると反応をちゃんとくれた人々





そんなこんなで
僕の一曲が終わると同時にイベント終了



主催者であり
ぼくを路上からここに誘ってくれた男性に

どうしても知りたい理由を尋ねに走る



(教えてくれぇーーーーーーーー!!)








彼は答えた



『僕はこう言って 君をみんなに紹介したんだ。




 “歌い世界中を旅してる日本人がここにいる。 


刺激にして さぁこれから、みんなもどんどん動き出そう” って。』










なんだか素直に嬉しかった





自分の旅への
新たなエネルギーにもなった





















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アゼルバイジャン / Azerbaijan :: 2013/12/26(Thu)






46ヶ国目 アゼルバイジャン


首都  “バクー”



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(2013.11.28 in Baku, Azerbaijan)


反応はよかった


ただ20分で警備の方の足音



ちなみに規制なかったらこの街

今現在 “とんでもない成果” をあげられる場所
確定


ビザ取り大変だとしても

世界の路上パフォーマーさん
要チェック







路上後
この彼が
食事に連れてってくれた

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彼から街の事情を
熱い語り口で 聞かされる





『 規制があるせいで
  ここの街には音楽シーンがあまりないんだ

  住民も規制を疑問がってる

  僕はこの現状に抗議するためのビデオを作り、法律を変えていく努力をしたいんだ

  街のみんな、どこかいつも真面目な顔をして暮らしてる

  そういう人たちをもっと笑顔にさせる為にも、街に音楽が必要なんだ  』







異様なほどきれいだった
夜の街の放つ光


でも音のないセカイが
少し淋しくも映った

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実は、この夜は同伴者がいた

同じホステルに滞在してた
シンガポール出身のキムさん

本業はサウンドエンジニアなのだけど、
スポンサーをつけて、写真を撮ったり、地元の音楽を録ったりのお仕事を
ここ半年くらいの間はアジア中心に続けていくそう



この日は二人で
遅くまでおしゃべり



翌日、海辺で
思い出にと
ちょっとした映像撮影までしてくれた

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来年10月以降からシンガポールで
本業のサウンドエンジニア業に戻るそう

現地でいつか会えたらいいな







次の国
アルメニアに向かう為には、
彼らの関係上、

国境通過は無理なので
一度グルジアに戻らなければいけなかった





夕方頃

バスステーションに向かう途中から
なぜだか急に熱が上がってきた


その為
バスに乗り込んだ後は
眠ることに集中した


数時間かけて

深夜三時

グルジアの国境まで辿り着く




僕ら乗客はみんな
イミグレーションを通るため
いったん降ろされる


そこまでは良かった



ただ、入国審査が終わり
あとは、バスが国境を越えてやってくるのを待つだけ
かと思いきや


なかなかやってこない、、


一時間。。


二時間。。。


これはさすがにおかしいと異変に気づいた
乗客のひとりが
どうにかしてバスドライバーに連絡すると



何か書類を忘れたらしく
肝心のバスが
国境越えできなかったらしい。。




『 なんだそれ!!

それならここまでの
僕らの待ち時間はなんだったんだ

ってかそんなことあっていいの!?


無責任すぎるだろぉぉ

おおぉぉぉぉぉぉぉぉい 』






と、他の乗客
同様に怒りたいところだったが
自分はもう熱にやられていっぱいいっぱいだった



それからさらに一時間以上
待たされた後

最終的には違う会社のバスが
僕らを拾ってくれて
目的地まで運んでいってくれた




ひょいっと乗り越えられるような
事態ではあったけど


熱のせいで
ある意味で修行のような
放置プレイ だった










なんか、、、



“放置プレイ”って言葉を
ここで使ってる自分に
違和感。。

























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