My wonder story

僕と音の旅物語 訪れた90ヵ国以上の記録 未来はいつも変えてゆける。 




オーストラリア / Australia :: 2014/05/26(Mon)















旅の続きが始まってまだ一ヶ月





でも自分にとっては 
ここまで来るまで 本当に長かった。。


韓国編 から
5本のストーリー一気に更新。














60カ国目 オーストラリア




“パース”


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早朝の街


路上ライブをするには
ライセンスが必要とのことで、 街の役所らしき建物に向かうことにする



受付に聞くと、

「申請には少々お金がかかる」 と言われる



「ただ、ここパースから、 電車で30分ほど行ったところにある
 
“フリーマントル” という街なら、ライセンスがなくても 自由に演奏ができるよ」

とアドバイスもされ




ならばひとまず! 

ということで、まずはそっちの街に向かうことに決める







“フリーマントル”  


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街並みや歩く人の感じから、
なんだか、二年前を最後に ずっと行ってなかった アメリカに
久しぶり戻った感覚になり その感慨深さ故 うれしさが込み上げてきた



ヨーロッパを離れ

しばらくずっとアジア圏を旅してきたせいか

英語が難なく通じる環境にも
ほっとさせられた



あと、中国の人口の多さに知らぬうちに慣れてた
自分にも気がついた


比べると、この街は圧倒的に
人が少ないように見える



“当たり前”って やっぱり環境によって変わるものだね






路上ライブ場所を探し歩いていると
男性に声を掛けられる




この方

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彼との出逢いがなければ
確実に僕のフリーマントル滞在記は別のものになってた。。

と書いてる今は回想中





「路上ライブの場所ならいいとこ知ってるよ」 と彼 



ついていくことにする



案内をし終え、いったん彼はその場を立ち去った




おススメされたその場所で一曲歌う。。


ただ、どうしても周りの騒音が気になる為


再度違う場所で路上ライブに挑戦


が、平日の昼間で
人もまばら、、なかなか反応はもらえない。。

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道案内してくれた彼がベンチに座り
聴いてくれてたことには、気がついた



荷物をまとめ
休んでいると彼がやってきて
会話が始まる




「いま、仮眠をとりたいけれど、ここは物価が異常なほど高いから

誰か泊めてくれそうな人を探そうかとも思ってる」 風なことを 彼にちらり話してみる 




『なら、今から家に来て ひとまず仮眠とればいいんじゃないか?』 とあっさり言われる





ただ、話した感じでわかるのだが、彼 サンディッシュ は強烈な個性を持った人だった



果たしてどこまで信頼をおけそうかについては

この時点では、ちょっと判断しかねたのもあり、
誘いを断ることにした



しかしそれでも尚、
疲れが明らかに出てる僕を心配してか
彼はまた、会話の終わりに同じ提案をしてきた




悩んだが、、、





ついていってみることに僕は決める。。








バスに乗り

彼の家にやってきた


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中は楽器、機材が並び
ミュージシャンらしい部屋だった



最初は少しまだ
多少の警戒心から緊張が引いてなかったが、

話していく内に

彼 サンディッシュは
“純粋に助けようとしてくれる人” だということが見えてきた




『私は実際これからこの家を、 夜間だけしばらく空けるから、


もし君が必要なら、ここにしばらく寝泊りして大丈夫だよ。

誰かがこの家に居てくれた方が、セキュリティー面を考えるとこっちも助かる 』





彼からのこの提案は

連日かかる
高い宿泊代を考えたら
本当に 天からの救いのようなものだった。。






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そしてこの日から、

彼の家でしばらく寝泊りする生活が始まった



朝はほぼ彼は
家に戻ってきていたし


昼間の路上ライブ時も
笑顔で声を掛けにきてくれた




同じミュージシャンの顔を持つ身でもあり、
街を熟知してる彼だからこそ
路上ライブへのアドバイスもたくさんくれた



話の中で、週末開かれるマーケットが
一番の稼ぎ時だ と強くすすめてくれた


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でも、これが想像よりも大変だった



金、土 そして日曜日


マーケット会場での演奏は
連日 納得いく反応を得られぬまま過ぎていった。。




慣れた様子の
自分以外のパフォーマー達

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みんな親しみやすい洋楽で
ニーズを捉えてるようだった




“他国と同じように

ここオーストラリアで

日本語のオリジナル曲を基本に勝負するのは無理なのか?”



日曜の夕暮れが
近づく街角のベンチで

ひっそりとふとそんな風に考え出す。。




ため息を口に含んだまま


なんとなくまた戻ってみると



マーケット会場の
外の一角が空いていた



昼間は別のミュージシャンが陣取っていた
僕にとって理想的なイイ場所だ



人で溢れかえってるマーケット内と違い
静かで騒音もそこまでない




フードコートが目の前にあり
外のテーブル席で皆 食事を楽しんでいる、、






“ここで、最後にもう一度やってみよう”



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(2014. 5.18 in Fremantle, Australia)





一曲、、二曲、、、と静かに歌っていくと



昼間のマーケット内での反応と真逆の
高反応を得る


食事をしながら聞いてた人が、
笑顔でギターケースに寄ってきては
チップをくれた




この感じだ





この 言葉を越えて 通じていく感じを僕は待っていた







路上ライブに秘訣はあっても、絶対的安定はない





サンディッシュも、いつかこんなようなことを言っていた


『路上パフォーマンスは、

時間、空気、人々 すべてが音にマッチしたその時に、必ずいい結果がでる。』  





本当にそうだと思う


だからこそ、やりがいがあるとも言える









気がつくと、週末で一番の収益を得ていた。。





一日の締めくくりに

歌ってるときに出会った
日本人の男の子ユーキ君と、

この日は最終バスまで、楽しく会話に花を咲かせた

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それから次の週が始まる。。




連日、フリーマントルと隣町パースを行き来して
色んな場所で路上ライブを試す




山あり谷ありしながら

コツを探しながら続けていく

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日本人パフォーマーの男の子 コーヘイ君と出会った日


彼と 彼女アスカさんの手作り料理を頂きながら
お酒を飲み交わした日

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僅かな可能性を信じ
演奏を試みた場所で

運命的に出逢った パース出身の彼と、夜ご飯に行った日

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出逢いも色々とあった










二週目の週末マーケットがやってきた


金、土は強風、雨。。


でも、日曜は晴れて、先週よりもいい空気をつくりながら演奏できた




そういえば初日の金曜日


一週目のマーケットの時に出会った
女性シンガーの演奏を見ていたら


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とある若い夫妻が立ち止まり
チップをあげていて


彼らが去った後、
その女性シンガーが僕に伝えてきた



『さっきの人 あの “ジョンバトラー” だよ』 って




びっくり!

自分も前から好きだった
オーストラリア出身のミュージシャン!



聞くと彼の出身はこの辺りらしい




個人的に、
相当嬉しいハプニングだった



















ねぇ だいぶ話がそれるけど 





そういえば、サンディッシュと出会った初日の夜
ふたりでベンチに腰かけていたら



「今向こうのベンチに、
“刃物” を持った男がいるよ」 と


彼がさらっと 僕に伝えてきたことがあった




見ると、確かに

ナイフを振りながら
なにやら独り言を言ってる男がいた





なにも知らない通行人が
その刃物男のすぐ横を、会話に夢中になりながら通り過ぎていく





すると

男は 会話に集中してる二人組の背中を
ナイフ片手に忍び足で追いかけ出した





えっ!? やばい展開、、!!

全身から一気に血の気が引いていく僕の横で

サンディッシュはなぜか冷静だった




「いや、あの男に人を傷つけるほどの勇気は元々ないよ。 」







なぜにそんなにクールでいられるんだぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!









でも そのとおりだった





男は、気づいてない二人組みの背中に接近はしたが
結局 何もしなかった




僕らの近くにいた別の男性が
状況の異様さを知り 警察に通報





刃物男のことを意識しながら僕らは
バス停に慎重に向かった






一歩間違えば
あぶない夜だった












ただサンディッシュの冷静さにはあっぱれだ
















なにはともあれ

彼の大きな支えあっての
フリーマントルとパースでの生活だった





色々と どうもありがとう。


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彼は、いつも励ましのことばをくれた







『自分の出してる音楽を信じていい』


『人を意識するあまり 楽しむ事を忘れるべからず』 

















舞台は次の街

メルボルンへ























































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中国 ③ / China ③ :: 2014/05/25(Sun)











“上海”


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もともと約束していたマレーシア人の友達
リチャード と再会するために


夕方頃

建築デザイン関連の仕事をしてる
彼のオフィスに向かった





自己紹介として
彼の職場の皆さんの前で、歌を披露することに、、



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僕の横に立っている男性
リチャードとの出逢いは

遡る事 およそ一年前。。



ロンドンで路上ライブしていたある日

声を掛けてくれたイギリス人の男の子がいた



路上終了後、彼とパブに少し飲みにいくことになり


話の途中、
彼からの突然の提案を聞かされる




「僕の親しい友達でもあり、仕事上のボスでもある人(リチャード)のマンションに、

 今から連れて行きたいんだ。


 僕が君を突然連れて行き、歌でも贈ったら、彼きっと喜ぶはずだよ!」




 
対面するまでは、 果たしてどうなるこのストーリー?

と若干の不安があったことも憶えているが



結末として、この夜は、
提案してた彼の思惑どおり、素敵なひとときとなった


後日、ロンドンで食事をする際にも
彼らは喜んでぼくをまた誘ってくれた






それから一年の月日が流れ


ある日、あのイギリス人の男の子から連絡が入る



「リチャードが今 日本にバカンスで来てるから
 二人、このいい機会に再会しちゃいなよ。 (ジャニーさん風に書いてみた)」



幸運にも自分もちょうど、日本一時帰国中だった為、


タイミング良く 彼と、東京で再会を果たすことができた






元々、一年前にロンドンで別れを告げる際には


彼の本来の活動の拠点は
“上海” と聞いていて、

いつかそこで再会しよう と 約束もしていた





イギリスから日本

そしてここ中国と

リチャードとこうして縁をつなげてこれてること
とっても嬉しく思う





仕事が忙しいなか

三日間、彼と奥さんにとってもお世話になった。。


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そしてこの愛犬にも


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彼の名は

コカ コーラからとり、 中国語発音で



“コラー”



これは、韓国の時と同様
少し面白く、遊べる





彼のアプローチもまた
激しいものがあった


すなわち僕が浴びせる言葉は。。









「コラー! コラー! おちつきなさい!」






































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ある日の夜は

リチャードは彼の友人が経営するバーに
僕を連れて行ってくれた




やった! ウィスキー!


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バーの経営者の一人の女性は
素晴らしいピアニストでもあった




共演できて笑顔

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色々と
どうもありがとう ありがとうの三日間だった






リチャードとの次の再会も楽しみ。。











次の街へと




“広州”

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この街では、
タイのパーイで仲良くなった女の子 イェン(写真下の右にいる子)と待ち合わせ


街を紹介してもらった

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昨日までいた上海も広州も
とにかく都会化が著しい



彼女はおてんばで
どこかアーティスティックで
感受性豊かな真面目ないい女の子


一日だけの観光が
楽しくてあっという間に過ぎた


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そして
今回の中国 最後の訪問地となった







“香港”

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最初踏み込んだときは

もはや別の国かと錯覚するくらい

街中に外国人が溢れてることにびっくりした



安宿がひしめくビルは
インド人だらけで、
三ヶ月ぶりの彼らからの客引き洗礼を受ける

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香港にいるはずなのに
久々 インドに戻った感じがして


やめてくれぇぇぇ と


心で嘆き 呟く










香港は貨幣が違うとあって
物価も中国とまるで違う。。




西洋風なバーやレストランと
中国的な飲食店とが共存してる街角は
歩いてるだけで、面白かった


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映画の街でもあるということで

観光客に混じり 
ジャッキーチェンの手形に
自分もたかる

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その付近で
路上ライブに挑もうとしたら

準備中にストップがかかる




っていうか、香港で
路上パフォーマー誰も見なかった、、






毎晩行われているという
夜景の音と光のショーは だいぶシューーるな感じだった


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さて

ヨーロッパを出てから続いた
アジアの旅はここでようやく一段落




路上ライブは限られた場所でしか出来なかったけど

旅行としてくるなら、韓国と中国は

個人的にどちらもおすすめできる



なんでなんだろう。。




きっと、
どちらからも
個々の個性をしっかり感じられるところが好きなんだと思う














物語は次の展開へ


深夜の便で オーストラリアへ飛んだ

































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中国 ② / China ② :: 2014/05/24(Sat)












“西安”


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着いて
まず真っ先に二日間の滞在宿を決めた



連続睡眠不足の疲れを
ここでなんとか癒さなければ、、







だれかがいつか僕に言っていた


“僕ら日本人のイメージする中国はそこにはもうない”



今は実感としてその意味を理解できる





もちろん場所によりけりではあると思うけど

ここ西安も

道は清掃が行き届きキレイで
電車もしっかり整備がされていて
街なみは想像を遥かに超えてモダン


しったかぶり承知で書かせてもらうと
“中国の勢い”みたいのは 確かに感じる






一日目は疲れ果て眠りに入り



二日目


ここで

改めて 路上ライブにトライしてみようと
街中を歩き回ることにする





でも相変わらず
あの恐怖心はぬぐえない。。



試しに、まず
演奏に向いてそうな
ショッピング街で、警備員に聞いてみる



「ここじゃなくてあっちの駅の方ならいいよ」 と言われ

そっちに向かう




今度はその駅近くにいた警察にも

路上ライブはありですか? と

身振り手振りで聞いてみる




「向こうならありだよ」 



うーん


でも指し示す一帯は
車の騒音で 歌う場所には適してない。。






また最初に目星をつけてた
ショッピングストリートに戻り
同じ警備員の人に再度アタックしてみる


すると



見兼ねた様子で

「九時以降なら いいよ」 




と嬉しい返答を貰う







一時間 待った後







ついに 正式に


中国 路上ライブのデビューを飾った


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(2014.5.4 in China 西安)




これを読んでる皆さんは
人々の反応どうだったと思うのかな






各国 歌いまわってきて


おそらくこんなに
やる前から躊躇して

さらにやったらやったで

人々の反応も怖い(政治的背景が理由)
国はこれまでなかった





正直

まったくいい反応を期待してなかった。。







それが、、



いつもの各国の路上ライブとなんら変わらぬ
温かい反応をもらえた






あの警備員の許可もあり

恐怖心なく
久々に声をあげれる喜びとともに


人々の愛に
僕は深く感動してしまった




しかしながら
三曲目で 知らない警備さん達に止められる



でも彼らもまた
冷たい感じでもなく

あっちならいいよ


と場所の移動を促す優しい対応だった








そして再チャレンジ


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またもや人々の温かい反応




しまいにはこのお方 チョウさんにご飯まで誘っていただいた。。

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歌い出せば
こういう現地の人とのストーリーが始まる


ずっと
わかってた



ずっと
歌えない日々がもどかしかった。。




逆に言えば
歌のない旅は
ぼくにとって実に退屈なものになると実感していた







いずれにしても 

中国人は日本人にこんなに
優しくしてくれるんだ。。



知らぬうちに、
メディアやネットの情報で
彼らに固定観念を持ってた自分、、、



もちろんみんながみんなじゃないのは知ってる



でも 少なくても
こういう優しい人たちの存在を現地で知れただけ


この国に来て
本当に良かったと思う。。






翌日も、上海行きの
電車の時刻まで


チョウさんは、
お昼に連れていってくれたり
路上ライブ場所を一緒に探してくれたりと、、 とてつもないほどの大きな愛をくれた




なんで 
こんなにしてくれるの? と尋ねると





数年前に
三年程 日本の某クルマメーカーで働いていて


社長さん達みんな
とても優しく接してくれた 想い出 があるらしく

日本人を本当に好きなんだとか。。



でも実際、
西安で会った日本人は
僕が初めてとのこと






誰かが誰かにあげた優しさが

また誰かへとつながっていく。。


とても素敵な連鎖  









聞くと

ヒライケンさんのカバーした
“大きなのっぽの古時計” がお気に入り曲のひとつだと知り、



別れ際に最後、

歌わせてもらった







あの時


めげずに路上ライブにトライして


こうしてチョウさんと出会えた物語




音楽があってこそ。





いつもきっかけをくれるギターにも
改めて感謝を想った



























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中国 / China :: 2014/05/23(Fri)










59カ国目 中国





“北京”






韓国 最後の夜は空港泊をして、

翌日 早朝に北京の空港に到着




睡魔と疲労からか、腰を上げるまでに時間が少しかかる



一歩空港から出れば
新たな冒険が始まる。。 予感していた





モチベーションを立て直して いざ街へ出発!!






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宿を探しながら
街を練り歩く。。


なんとなく漢字から意味が掴めるのは
僕ら日本人の特権のように思えた


ハングル文字だらけの韓国とは
脳に入ってくる情報の量は随分と違う





有名な天安門近くのエリアは、観光客であふれていた


日本の横浜にあるような
いわゆるチャイナタウンでは

派手な装飾をまとった立派な建築物がお出迎え



ここ本場で見れる嬉しさが込み上げたせいか
見慣れてるはずなのに、なんだか新鮮だった



やっぱり 中国って 世界の中でも
独自性が凄く光る国だよね



食に関していえば

中国だけじゃなく、日本、そして韓国



みんなご近所で、
共通性も持ちながらも

圧倒的な個々のオリジナリティーが存在してる
その面白さに
今回 気がつけた













ひとまずなんやかんやで宿を決める

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この受付を担当してる
中国人の女性の対応、手助けが素晴らしかった











本場、中国での
お初の中国料理を食べに
この飲食店に入る

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英語はまったく通じないので
隣の席にいたカップルの彼氏さんの助けを借りて
なんとかオーダー



中国語がまったくわかってない
外国人の僕の姿が滑稽なのか
食事中、そのカップルになんとなく見られて笑われてる気がした


でも何故だか
“もっと笑ってくれよ”的な感じで
気分はそう悪くなかった




ちなぁみに

中国料理、安くてボリュームがあって
おいしい!

急にランキングトップの ベトナム料理との接戦が自身で勃発






そして
お会計



僕とカップルの彼が行くタイミングが重なる




と、びっくり




彼は僕の支払いを一緒に済ませてくれた



えっ、


払おうとしても



いいよ いいよ という彼






なんで見ず知らずの僕に、、

優しい。。



ただ ただ 謝謝と頭を何度も下げて
お礼を伝え店を出た







それから、、 今宵は路上ライブをしようと
街を徘徊する




しかし ここで伝えたいことがある



昼間行った 天安門もそう



とにかくここ北京は 警察さん達の目が
至るところで光ってるように思えた


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そのせいからか
目立つメインエリアに、路上パフォーマーなど誰もいなかった
(地下道で、ひとり見掛けた。。)




先輩のミュージシャンのお友達は

天安門の前でドラムを叩くという相当ロックな試みをして
ドラム没収を余儀なくされたらしい、、




とにかく、僕がここ中国に持つイメージは



中国(社会主義)→ ルールに厳しい → 街中演奏の場合、ギター没収




ということが起きるのでは?という
恐怖心しかなかった





デパートの端っこで
ひっそりと数曲歌ってみたが
あまりの怖さから楽しむこともできず、その夜の路上は早々切り上げた



臆病な自分への情けなさと
先への不安


明日からどうなる中国滞在記 といった感じだった


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宿に戻る


優しい受付のあの女の子が
友達の彼(ミュージシャン)を呼んで、僕に紹介してくれた


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ミュージシャンとの交流は
世界中 どこでも楽しいなぁぁ


かわりばんこに歌を届けあうひとときは
こころに安らぎの風を吹かせた





翌日は早々起きて


有名な万里の長城へ


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しかしながら、

このドラゴンボールに出てきそうな
蛇のような道をよく作ったなぁ



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夜は昨夜は行ってない
エリアを散策


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マーケットは凄い熱気と活気







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到底口には運べないような
グロテスクな食べ物もあり。。



マーケットの面白さと疲労感で
なんだかもう脳内はカオス状態



警察の多さから
路上ライブはここでも難しそうだった






次行く
物価が高いオーストラリアの為にも
ここ中国で路上ができないとなると、困る。。




長くつづく旅の未来を見据えて


この夜から二夜続けて

多少の危険は承知の上
外で夜を越す



荷物を置かせてもらったり、、の諸々は、
ホステルのあの子の助けに支えられた。。







旅始まって早々


少々、過酷な日々の連続






でも 日本にいたら経験できない貴重な日々












北京を後にして



次なる地 西安 を目指す長距離電車



静かにしていると

隣に座った女の子からの
質問コーナーが始まる




とっても
健気な
いい子で



最後は
このぬいぐるみを何故かもらった




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どうもありがとう








一緒に旅出かけましょう

































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韓国 / Korea :: 2014/05/22(Thu)













58カ国目 韓国


“釜山”






やっぱり日本に三週間もいると

以前のような “旅をしている自分” に戻るのに少し時間がかかるようだ



日本にいる親しい人たち
楽しい思い出たちが

意地でも旅モードになろうと努める僕を引き止めてくる





早く切り替えよう

早く切り替えよう


頭の中で度々連呼する







釜山に着き


ひとまず、いつものように目星をつけたゲストハウスを訪ねる





スタッフさんらがちょうど夜ご飯を作り終えたタイミングだったようで
一緒に食べよう と誘ってくれた


優しさに触れ
すっと気持ちが落ち着いてくのがわかった



大丈夫だ



こういう優しさとの出会いが

僕の旅を “孤独な一人旅”に させないでくれる



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食後


路上ライブを出来る場所を散策しながら
夜の釜山の街を散歩してみる


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海沿いにつづく街並み


あたり一体 しん としていて

夜景はひかり輝いていて


日本を恋しく想うココロを
そっと静めてくれるかのよう、、


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翌日は繁華街の方まで 足を伸ばしてみる


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ビルや、ゴミのないアスファルトの道の感じは
おそらく日本とさほど違いはないのだけれど

街に浮かぶ
ハングル文字たちが、独特の景観を生み出し
韓国を韓国らしくしているように見えた





立ち寄ったフィッシュマーケットは

もはや水族館に迷い込んだ気持ちにさせるくらい
生き物の種類が豊富で、

えっこれを買って食べるの? とビックリさせる強烈なインパクトを放ってた

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夕暮れ時を迎え


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海沿いで路上ライブを少し試みるが、
期待していた反応はそこまでもらえず


違うところに移動して
再度チャレンジしてみるが、近所迷惑を訴える人がすぐに来てストップ。



韓国 路上ライブ 思ったより苦戦を強いられる、、









お次の街は


“全州”



着いた夜のバスターミナルで
幸運にもネットが使えたおかげで、連絡をとりたい人と連絡がとれて
物事の歯車が上手く回りだした


決断によってはあやうく、首都の ソウル に、もう向かおうとするところだった




この夜は遅かったのもあり

公園で一夜を明かす





翌朝 バスに乗り込み




到着。


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建物の保存状態がいいのか、新しいのか、、
想像していた古都の雰囲気とはまた少し違った





ビビンバが有名とのことなので、食べてみる


味もさることながら

イタリアの時のパスタ同様
“ここで食べられる幸せ” を満喫する

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インド デリーで出会った
あの韓国人の友人を訪ねに向かった
次なる目的地



“大田広域市”

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彼も、彼のお母さんも本当によくしてくれた。。

腕をふるって、つくっていただいた
何種類もの韓国料理に感激


最後の夜は
せめてもの恩返しとして歌を届けさせてもらった。。



ちなみに

一緒に住む
ダックスフンドの抱きついてくるパワーに圧倒されてしまった自分


犬から何度も何度も
あんなに猛烈なアピールを受けたのは初めてだ

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しかも 飼い主の彼に 名前を訊ねると


“イヌー” だという



おっ!?



発音は違えどずばり 日本語の アレだ



意味は? と聞くと

妹がつけたから よくわからないらしい、、




したがって

イヌーに 強烈なアピールをされる度


僕は 『ノー イヌー! ノー イヌー イヌー!』を

必要以上に連発することを心がけた








犬だけにね













うん、犬だけに

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二日目の夜には
彼のおすすめしてくれた繁華街で
路上ライブにチャレンジしてみた


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(2014.4.26 in Korea)


うん、完全に逆光だ






数日前に 釜山 で苦戦を強いられたことが頭にあって


最初の数曲は、様子を伺いながら。。といった感じだった



(やはり、 ここ韓国は思いのほか、厳しいのか、、)と思い始めた矢先


じょじょに 一人、 また一人、、とチップを笑顔で
落としてくれる人たちが現れだした。。


その優しさが素直に嬉しかった



やはり反応があるのと、ないのとでは
同じ場所で歌い続けるべきかどうかの気持ちは大きく変わってくる。。





実際、

人から聞いてた韓国人のクールな印象は
僕はこの国でまったく感じてない


会う人、みんな笑顔で 親切に応えてくれて
僕は前より人を、韓国を好きになってる










首都 “ソウル”


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あいにくの雨模様。。


路上パフォーマンスをするなら
若者が集まる アートが盛んな地域 
“弘大” というエリアがおススメと聞いて来たものの、

雨とあって、他のパフォーマーの姿もなかった


でも

たまたま見掛けたアコースティックライブハウスに
飛び込みでライブをさせてもらうことには成功


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(2014.4.27 in Seoul)





次の日も雨模様


でも少し観光した




今回訪ねてきた韓国の都会はどこも
居る場所によっては
遠くの方に山が見えた


ビルの狭間に立っていても
自然を身近に感じられる


韓国の素敵なところだと思った

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一時帰国中の三週間


日本にいるときは
毎日の生活が、無理、不自由のない恵まれた環境の中で
流れていた



だけど、日本を一歩出たとたん
突然 そのライフスタイルは変わる


安定のない今を、明日を どう越えていくか日々模索することが始まり、


自力 と 人の愛 を持って
なんとか歩んでいかねばならなくなる


だからこそ、日本で平和に送る日々よりも
旅では人の優しさをもっと深く感じられる


助けてくれた方々に
もっと感謝をするようになる




これまで人の愛に支えられて
送ってこれた二年間を、


再度またリアルに感じられるようになってる





























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