My wonder story

僕と音の旅物語 90ヵ国以上の記録(2012/4~2015/8月を参照)               未来はいつも変えてゆける。




フィジー③ :: 2019/02/25(Mon)














キモチを

いま一度落ち着かせる為に、

部屋で一息。




夕方過ぎ
受付に行くと

オーナーらしき男性が

ギターを見るなり

『おぉ ミュージシャンか!なにか歌ってくれ!』

と、興奮気味に声をかけてきた。


突然のハイテンションに
ちょっと面喰いながら、日本語の歌を歌ってみると、

“カントリーロード”と、“フィジーの歌”も
弾いて欲しいと頼まれ、

彼のうたに即興で合わせてみた。


いつもどおり

こうしてすぐに、
人との距離を縮めてくれる音楽に感謝。



ご飯は、基本的に、野外の食堂で、

朝、昼、晩

食べたいものを自由にオーダーできるとのことだった。


外には出歩けないけれど、
プールも完備されていて、環境としては過ごしやすい。



夕食後

今度は、同時期に滞在していた
タヒチのサッカーチームの男の子らが声をかけてきた。

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(ギターの引き寄せのチカラ 恐るべし。)


話を聞いてみると、

出身はチリだそうで、
数年前に自分も行ったことがあると伝えると、更に打ち解けた。


世界一周の経験は、

時を越えて、こういう交流に生きてくるのがいい。



それから

音楽をしたり、このブログを書いたり、

4泊5日、時間は想像以上に、はやく過ぎた。


完全には、自由とはいえない状況と、
ニュージーランドにはいけなかったという事実に


時折、なんともいえないキモチもやってきたが、
これはこれで貴重な体験記になっていると、捕えることにした。


僕の世話を担当してくれた
警備の男性(キティー)はいつも気遣ってくれたし、


オーナーも顔を合わせる度に、

ギター弾いてるかい、と笑顔をくれた。


ある時は、意中の女性らしき人をつれてきて、

『彼女に、なにかラブソングを歌ってくれ。』

と頼まれたこともあった。

(彼の歌う、カントリーロードの伴奏も。 笑)


有料のwifiは、機械の調子で
使える時がかなり限られていたが、


音楽を愛するオーナーに交渉すると、

“1時間10ドル”という元々の値段を、
“1時間1ドル”にしてくれた。(10分の1って)


こういったところでも、ギターの力に助けられてる。



毎日

ポロポロ弾いていると、

タヒチの選手達やスタッフ、
他の宿泊者達も、あかるく挨拶してくれた。


そしておかしなことに

日本語の“ねこ”の意味を説明し、猫の歌をうたった日から

選手たちの間で、自分のあだ名が

なぜか “NEKO”になっていた。



ギターが人を

歌が人を呼び

“Stand By Me”の大合唱が起こる一幕があったり、


最終日前夜は、

サッカーチームのオーナーが誕生日とのことで、

サプライズで贈る
バースデ―ソングに協力する場面もあった。

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思えば

外国は、どこか“人懐っこい人”が多いと思う。


みんな人間味、温もりがあり、
最初から、ほとんど壁が見えない人も多い。


気さくな彼らのくれた愛情のおかげで

滞在した数日間

比較的、ココロ穏やかに
過ごせた部分も大いにあると思う。

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出発の日。


送迎の車が空港へと発とうとする直前

外出中かと思っていたオーナーが

部屋から飛び出してきた。


そして、別れの先にある

いつかの再会を望むキモチを
素直に伝えてくれた。


次回は、普通の旅行者として、

ココに来れたらステキだ。



“Grand Melanecian Hotel ”


忘れないように、記しておこうと思う。







あらためて

今回ニュージーランドに入国できなかったことは

新たなひとつの経験として



また

初日のアノ緊張感を携えて


空を越える

未来へと

飛んでいきたい。






















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